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大阪/日本橋にあるギャラリー
近鉄/地下鉄(堺筋線・千日前線)日本橋駅下車 1分 

 
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日本美術の歴史
日本美術の歴史 (JUGEMレビュー »)
辻 惟雄
日本美術の足跡を知りたい方にはいい本です。現代美術を知るには、先ず足元を固めてください。
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大阪日本橋にある町家風ギャラリースタッフによる日記です。
松岡悠子 展覧会レビュー
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    松岡悠子展 ---energy---
    YUKO MATSUOKA
    2010/10/7-10/17 場所
    DELLA- PACE  神戸市中央区北長狭通 4-9-10
    TEL/FAX 078-392-9638
    -----------------------------------

    明日までの展覧会です。お近くの方は是非どうぞ。

    陶芸家、松岡悠子の新作展。ちょっと夢見心地ののところがある作家、松岡悠子が陶器のオブジェを新作。

      

    今回の主作品は、塔の作品。作品は高さ1mほどで、塔を連想させる上の方向がつんと細く長くなった作品。
     表面は、白と黒の斑点が施されていて、随所に突起物やくぼみがあり、抽象的な作品でした。ただ、すうっと上に伸びている様子が大変自然で、植物や建築物がしっかり地面に根を張っているような、そんな安定した印象がありました。作品全体が楽しげで、うきうきしているそんな感じがあります。多分、作っている間の作家が楽しくて、幸せだったのでしょう。塔の上に乗っているのは4つ足の獣の様。この鼻先の方向が作品全体の正面、エネルギーの行く手を決めているようで、作品全体の「気:エネルギー」なるものが存在するならば、それが見る側に伝えているような印象がありました。この四足の獣の足も太く逞しく、しっかりと安定しています。よりこの作品に安定した印象を感じさせてくれます。

     

     写真の靴は陶器で出来ています。写真で見ると革靴のようです。
     片方は、塔のオブジェのように、黒白の突起物が表面に施されていて、それがデザインになっています。

     向かって左の靴は、なんておしゃれなのでしょう。イタリアの靴職人の存在を思い返します。靴ときのは、こんなにおしゃれでエレガントなものと再発見いたしました。
     
     他にもブーツの作品、手袋のオブジェ、貝殻の作品など多数の作品が見られます。明日までです。是非お近くの方は行ってみてください。

     どの作品も手が込んでいて、時間をかけて作り込まれています。本当にいい作品は、この手間の要素が必要だと思います。作家曰く、「美術は濃いはず。」と。私も同感です。軽薄短小などこの時代が産んだ言葉。あっというまに飽きてしまうものです。
     
    | 展覧会レビュー | 14:09 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    Une ville pour l'impressionnisme
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      Une ville pour l'impressionnisme
      ルーアン美術館  Musees des Beaux-Arts de Rouen
      2010/6/4-9/26

      印象派のマネが好んで描いたルーアン大聖堂


           
            ルーアンの街中の古い教会

      ルーアンの美術館で、この街を描いた印象派の作品の展覧会を見た。この展覧会はパリの地下鉄でもポスターが貼られていた。
       ルーアンの街は、セーヌ川沿いの町で、19世紀後半鉄道が開通して、アトリエから野外にでて絵を描こうと、多くのアーティストが画材を携えてこの地にやってきた。 展覧会の作品の多くが表す、セーヌ川の水面、汽船で賑わう港、蒸気の煙を上げる汽船、など田舎の都市を生き生きを描いている。

       19世紀の中ごろまで、パリの街といえばそれほど綺麗ではなかった。現在のパリの都市は、19世紀の半ばオスマンの都市計画によって作られたものである。それまでのパリといえば、上下水道もままならない状態で、路地は汚水でまみれていたと伝えられている。19世紀の人間にとっては、パリの必ずしも花の都ではなかったのである。

       ピサロは、ルーアンをヴェニスと同じくらい美しい街と呼んでいる。そこには、豊かなセーヌ川と歴史的な建造物が点在しており、美術家の想像力を掻き立てるには十分な材料があった。

       印象派と呼ばれる彼らが、どうしてそうもうまく光や空気を捉えたのか疑問であったら、本当に彼らの時代は、鉄道が走り街が大きく作り変えられるという変化の時代で、それらを生き生きとした形でとらえ表現したように思う。
        
       
       

       なによりもこのルーアンが豊かであったのは、魚介類である。
       街の小さな市場の店頭でさえ、それが覗えたし、思わずシャッターチャンスを押したほど綺麗であった。

       
      | 展覧会レビュー | 19:38 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      若木くるみ展 2010年5月
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        若木くるみ展 [モーターさま] 
        5月25日〜6月6日 5/31(月)休廊
        会場:ギャラリー恵風其の延長
        ---------------------------------------------

        2会場同時開催の展覧会でした。
        京都四条北にある「其の延長」で走った若木くるみのエネルギーを蓄電池に貯めて、その人間が作った微弱な電力でギャラリー恵風の作品を動かすという展覧会。其の延長では、走っているランニングマシーンで版画を刷るというパフォーマンスを繰り広げる、なんとも面白い趣向でした。

        若い若木くるみは、体力には自身があると豪語する。過去パフォーマンスをしながらマラソンに参加しています。


        若木くるみ 蓄蔵エネルギー放出の記録 :ギャラリー恵風

        ギャラリー恵風には、若木くるみの展覧会期中の筋肉率、体脂肪率、基礎代謝、内脂肪レベルが記録されています。
        12日間の運動で、68.2kgあった体重が63.9kg(マイナス4.3kg)、筋肉率が21.8%から30.1%(プラス8.3%)、体脂肪率が38.6%から23.8%(マイナス14.8%)と劇的に変化している。これは、アートの賜物である。(?!ホント??)
        さて、この彼女が放出したエネルギーで、ギャラリー恵風に仕掛けられた作品を動かします。


        まず蓄電池で、ギャラリーの電池を充電する。



        金魚が入っていない金魚鉢をかき混ぜる。へんな音がしました。


        若木くるみ 版画
        スイッチを入れると、版画の後ろのもう一つの版画が見える仕掛けでした。

        別にたいした作品でもないが、それぞれ変な動き方をするからなんだか楽しいし、「へ〜」、とか「ふ〜ん」とか思ってしまう。
        一つには、電池に貯められたエネルギーが若木くるみが走って貯めたという裏打ちがあるからでしょう。粗末にしないでしっかり見ないと、そんな感じがしました。


        | 展覧会レビュー | 18:37 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        来廊者の皆様
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          「画廊に入るのは敷居が高い。」という声を聞きます。画廊は本来”社交の場”です。アートというキーワードで集まる人が展覧会の都度やってきて、交流する場であり、また気に入ったアートと触れ合う場でもあります。

          さて、今週1週間のお客様をご紹介いたします。

             
          田中恒子氏
          和歌山美術館にコレクションを寄贈された大コレクター。毎週来られます。

             
          仕事の合間にぶらっとアートを見に来られた美しい女性。

             
          画廊巡りを楽しまれている男性。椅子に座って休憩中。

             
          現代美術家 堀尾貞治氏 常に”観る”ことを大切にされています。

             
          ぶらっと立ち寄られた高覧者。

             
          金沢から来られたお客様。大阪の画廊に興味があると廻っておられます。

             
          作品と眺める人。


          さてさて、画廊には様々な方が来られます。
          生きている、というのは人と人が繋がっているということですし、新しいものを感じる、吸収するということだと思います。
           画廊には、常に新しい美術(感性)が生まれ、吸収できるところです。
           
           気楽にお越し下さい。
          | 展覧会レビュー | 14:28 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          五美大展(東京)に行って来ました。
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            五美大展
            日時●平成20年2月21日(木)〜3月2日(日)
               10:00〜18:00(最終入場17:30)
                *2月26日(火)休館
                *入場無料
            会場●国立新美術館(東京都港区六本木7-22-2)

             五美大展に行って来ました。この展覧会は東京の5つの美術大学、武蔵野美術大学、多摩美術大学、女子美術大学、日本大学美術学部、東京造形大学の修了、卒業展を一同に集めたものす。
             
             ギャラリーの仕事は、作家を育てることと発掘することの二つが柱です。卒業制作展に行くことは、作家を発掘することができる大きなチャンスです。
             大学卒業したての作家の作品は、過去という時間がないため、現代の時代の空気や社会性のみを受けて作品を制作しています。彼らの作品は時代の鏡です。その代わり、作品の中に時間という重みが感じられないのはいたしかたないこと。模索している作品や、まだ作品になりきっていないものも多数ある中、自分の売りどころ見せ所をはっきり打ち出している作品にも多数出会えました。彼らは、学生の早い時期から自分を修練しているのだということが分かります。

             まずは武蔵野美術大学の学生の中から私が気に入った作品をご紹介したいと思います。
             グループ展で、かつ大展示室のため、見逃してしまった小作品が多数あると思うと残念です。いたし方ない。
             


            「ボーダー」
            大学院造形研究科美術専攻彫刻コース 藤盛彰美 
            木彫の作品。
             でっかい頭。大きなお尻。首はなく、手も短く、足も長いと決していえない体つき。太い体を強調するように、たて縞の長袖の綿シャツを着ています。短いスレンダーな女性とは全く反対の体型の女性。緑の短い丈のスカートが、太い足を強調しています。顔の顎の骨はでており、なおのこと顔が大きいことが強調されています。顔の割り目が小さく、目の印象が弱いことで表情から不安感が伺えます。手は異常なほど大きく、女の子とは思えないごつごつした感じです。
             決して可愛い女の子を摸造しているわけではないけど、彼女を忘れることができません。女性雑誌に出てくる女の子とは全く反対の体型を強調した作品。


            「命をみつめる」造形学部 油画専攻版画専攻 山本あゆみ

             色が綺麗な作品。白い紙に、植物の花や実や茎と見られる物が鮮やかな色彩で描かれいます。
             線の描写があるため具象画み見えますが、しかし描かれているものを特定することは出来ません。
             作品の中央には、白抜きの部分があり窓のように見えます。観者は窓の向こうにあるものを見ようと想像する仕掛けが伺えます。


            「侵略と制圧」大学院造形研究科美術専攻日本画コース 久保俊太郎
             細かい描写の作品。日常的な家屋に敵が侵入。陣地を守り抜く攻防戦の様子を描写しています。

            ごきぶり、犬、蜂、鳥、猫が画面に登場しています。肌色の人間の皮膚をもった不思議な生き物は、始めてみる「奴」です。恐らくこいつが悪者なのでしょう。武器をもって戦っているのですが、庭の木々や草花はなにか長閑な感じがして、他人事のようです。


            | 展覧会レビュー | 19:32 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            京都市立芸術大学制作展 その2
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              京都市立芸術大学制作展情報 ---その2---

              皆さんにご紹介したい作品がもう二つほどあります。
              松本和子 油画3回生

               瞳がなく焦点が定まらない瞳。輪郭のはっきりしない顔。背景には水平線があり、空と水面が描かれている。上下の二つの顔は男性と女性のよう。表情ははっきりせず、花で漫画チックに装飾されている。
               何もかもがぼんやりしているように描かれている。多分それは、絵画の輪郭線がはっきりしないからだと思う。色もピンクや水色といった中間色が多用され、つよいインパクトをさけるかのように色面が構成されている。一般の漫画絵画は、目線がしっかりしており、登場人物の性格や視点が分かるように描かれている。この絵画は、そういった意味で漫画ではないようだ。
               本当に3回生とおもうほど、独特の絵画感性を持っている。ず〜っとずっとこの感性を持ち続けて欲しいのですが、大学を卒業して数年経てば、安定した定着感の方が強くなって、みずみずしいとは感じられなくなる。どうしてだろうか。

              梶原 航平
               最近、芸大に入る男性は10%だと聞く。彼は、貴重な男性絵描きの卵である。
               こういった作品は本当に面白いと思う。全く、現実ではありえない世界を描いているのであるから。

               豪華な宮殿の廊下。さしずめベルサイユ宮殿の鏡の間のようだ。
              お尻をこちらにむけ四つん這いになっている女性(だろう)の足は1本。その足にかかとの高いヒールを履いている。顔もないようだ。足には派手な網タイツを履いており、けばけばしいスカートは見えそうなくらい短い。そのような格好をした体が2体が宮殿を歩いていく。くまでもあるくようにのっそのっそと。非常に奇妙である。

               絵画の役割のひとつは、というと「非現実の表現」であると思う。彼はそれをやろうとしているようだ。ただ、こちらは見慣れないものを観るので気持ちが悪いし疲れる。不安定な気持ちにさせられる。作者の予想通りに。


              彼はどうやら足に興味があるようだ。
              | 展覧会レビュー | 19:42 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              京都市立芸術大学制作展
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                京都市立芸術大学制作展をご案内いたします。
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                期間 2010/2/11-2/15
                場所 京都市立芸術大学構内・京都市立美術館(京都・岡崎)
                作品展の内容についてはコチラ→
                ---------------------------------------------------

                今年の京都芸大の制作展の中から、気になった作品をご紹介いたします。


                                 福岡佑梨 陶磁器3回生 「うつろう」
                単純な作品です。10cm大の立法体(キュービック状)を多数積み上げて壁のようなものを作った作品。個々の6面の釉薬の掛け方や色、質感はそれぞれ違っており、ひとつと同じ立方体はありません。幾つかの面には、ぶつぶつした物がのっかっており、ディテールが少しずつ異なっています。色調は、黒、茶色、深い緑、沈んだ青と、暗い印象のものにまとめられていました。
                 非常に強い存在感を感じました。ひとつつづの立体が正確でもありませんし、手が込んでいるという印象でもありませんでした。しかし、何か惹かれる作品でありました。
                  
                 多分、私が惹かれたのは、強い意思のようなものを感じたのでしょう。また、制作者の中にしっかりとした考えてがあるのだと思います。作品のタイトルは、「うつろう」は、どういう意味なのでしょうか。残念ながら、3回生アーティストがそこにいなかったので、詳しいことが聞けませんでした。

                 
                「淡水魚に憧れて。」226×362cm
                                    油画 大学院1回 唐仁原 希

                 2009年画廊 編  ぎゃらり かのこからフランスの企画展に送った作家。フランスでは、日本の漫画が大流行しています。パリのギャラリーが新しい企画として、「MANGA」というタイトルで企画、数人の作家を推薦したところ、彼女の作品をやってみたいとの返事があり、作品を送りました。 
                 フランスに出す作品を描いて以来、学生ながらプロの目を充分楽しませてくれる画面構成を身につけたように思います。また、画材の使いかたが随分上手くなったように感じます。彼女自身は、「油絵の具の質感が好きだ」と言います。作品からも彼女の画材への気持ちが伝わります。彼女は根っから描くことが好きと言います。世界が明日滅びるとき自分は何をしているかと考えると、「アトリエにこもって描いている自分が浮かぶ。」と言います。

                 さて、作品の画面の中へ入ってみましょう。
                 画面左の人魚達は、実に呑気に海の中を楽しんでいます。画面左から右の方へ泳いでいく人魚の姿を描いています。画面右に着目すると、たこ足を持った人魚達と何か怖いものから逃れようとしている人魚が三人。驚きの表情や、不安な表情をしています。彼女達は何かが起こったようで少し慌てています。水泡もその不安な様子を表しているようで、上や横に広がって落ち着き無く水上の方に上がっていきます。画面の中で異なった時間を表現しているのか、それとも異なる場面を一つの絵画領域に描いているのか分かりませんが、複雑な構成が仕組まれています。そこには、4こま漫画の世界が一つの画面の中に見受けられました。

                 水の中を伸びやかに泳ぐ人魚の様子、水の中を水面の方向から下方へ泳ぐ姿、水の中の一場面が生き生きと描かれています。背景を作っている色は、マリンブルーではなく、黄土色。奇妙な世界が目の前の画面いっぱいに広がっています。

                | 展覧会レビュー | 19:58 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                京都精華大学卒業・修了制作展2010
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                  京都精華大学の卒業・修了制作展に行って来ました。
                  場所 京都市立美術館(岡崎公園)


                   美術館に向かって先ず、見えてきたのは正面玄関横の公園の立体。
                  私は卒展でのこういう立体が大好きなのです。荒削りには違いないのですが、若者の作品らしく堂々としています。若い人にしか出来ない仕事のように思いますし、また若いときにこんなどでかい作品を作って欲しいと思います。
                   設置するのも大変だったでしょう。トラックの荷台に積んで何人もの友達に手伝ってもらって、どっこいしょっと。そういうことを想像しますと、こちらまで現場に一緒にいるようなわくわくした気持ちになってきます。「こんなことやってもしかたがない。」と思ったら、ロマンも生きている意味も全くありません。美術は無駄なことに壮大な夢があるということを理解させてくれる代物です。無駄なことに夢中になれる時間を持つことが出来る人は本当に幸せですし、こういう作品は幸せのおすそ分けをしてくれます。


                           藤原 信子「デルフィニウム王妃の所蔵品」

                   さて、タイトルのデルフィニウム王妃は何処の国の王妃様なのでしょうか。どんなドレス(服装)をしていたのでしょうか。彼女は何時これをつかっていたのでしょうか?呪詛のとき? それとも神託のとき? 毎朝のお祈りの時間? 彼女が口をすすぐためのもの? タイトルと作品は千一夜物語の世界に私を誘ってくれます。
                             作品を上から見た様子。

                   中国で発掘された青銅器の形に似ているように思いました。青銅器も高貴な人のためのもののようですが、結局使用目的がはっきりしていません。

                   作品の横には、人の顔がついていて、そこから手のような物が出ています。作品上部の彩色は、朱色と紺で、宗教的な要素が感じられます。オブジェの内部には、上部に別の金で彩色された別の器が取り付けられたあります。そこは、何か特別なものを入れるのでしょう。
                   作品から東洋的な、いや中近東のイメージが伝わってきます。まるでシルクローを渡って、彼方から運ばれてきたモノのように見えます。

                  松島 崇 「アイドルギア」
                   地球の模型を思わせる物体。その上に突起物が着いています。突起物は何層にもなっており、そこの装飾物がついています。この模型のように既に地球は死に絶え、突起物の部分のみが我々地球人の住処であるような印象です。豊かだった地球上の水はなくなり、ごつごつした岩が裸の状態でさらされいます。


                  今年の精華大学の卒展は見所がたくさんありました。特に、陶器、版画がよかったですね。作家としてデビューしてくれたら嬉しい学生さんがたくさんいました。また、次に紹介いたします。
                  | 展覧会レビュー | 18:15 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                  田中恒子コレクション展 自宅から美術館へ(その2)
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                    「自宅から美術館へ」田中恒子コレクション展
                    和歌山県立近代美術館
                    2009年9月8日(火)〜11月8日(日)
                    ---------------------------------------------

                    展覧会がおわり、図録が完成いたしました。パチパチパチ・・・・。
                    毎週元気に画廊に来てくださる田中恒子氏が嬉しいそうにお持ちくださいました。嬉しいことに、ギャラリーに一冊進呈して下さいました。

                    この展覧会では、氏のコレクション約1000点のうち600点が会場に展示されました。

                    美術館で写真撮影はご法度ですから、図録で展覧会がどんなのだったかご紹介しますね。田中恒子さんの「可愛い」作品達です。



                    さて、図録の中で恒子氏がコレクションについてこのように書かれています。ご紹介いたします。

                    <コレクションは私を表現する>
                     私が美術に関してはは研究者でもなく評論家でもありません。構想や文脈があって作品を収集しているわけではありません。作家の名前で収集しているわけではありません。「私が感動した」という唯一の判断基準として収集してきました。さらにいえば、収集を目的としているわけではありません。美術の全くの素人が、生活を楽しみたいという思いから始めたコレクションですが、気がつけばここ20年の関西を中心とする現代美術の状況を反映しているかなと思います。
                    (中略)

                     私が収集した作品は、私が共感した作品であり、言葉を替えていえば「『私』の表現」でもあります。作品の中に私を見つけだしたのです。千点の作品は、触れ幅が大きく、到底一つの傾向に収まりきらないのですが、それが「私」だと思います。新しい作品に出会うと、今まで自分に見えていなかった私の一面が見える思いがします。生きているのが楽しいのは、変わり続ける自分に出会えるからだと思っています。「自分探しを抽象的思考のなかですることも大切ですが、思考が具現化されて思考の中に自分をみることもできます。

                    <作家と出会う>
                     今回の展覧会の出展作家は128人です。一度もお会いしていないない方が多いです。しかし、心の中では全ての作家と出会ったと思っています。作品を通して、色々おしゃべりさせてもらっています。愚痴を聞いてもらったり、励ましてもらったり、諧謔精神に笑わせてもらったり、時代を語りあったり、美しさにうっとりさせてもらったり、一概にいえませんが、作品の大きさは小さいものが対話しやすいです。
                     「コレクターは作家の伴走者」だと考えている私は、コレクションした作家を見続けてゆく責任を感じています。 (中略) 美術作家や小説家という個人的才能が職業的成功の前提となる場合は、苦難の道を切り開く制度的保障はありません。いくつかの国で文化政策として作家を養成していますが、それとても作家自身の自己能力に対する苦悶を解決するものではありません。でも、コレクターとの出会いがあれば、道に光がさすこともあるのではないかと、若い作家の方々と対話してきた私には思えます。
                                        (展覧会カタログより抜粋)



                    | 展覧会レビュー | 14:43 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                    ヴェネチアでの展覧会とそのカタログ
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                      In-Finitum
                      In-Finitum
                      Axel Vervoordt

                      今年、イタリア/ヴェネチアで開催された展覧会のカタログとその展覧会についてです。
                      IN-FINITUM
                      6ヶ月も会期がありながら、残念ながらこの展覧会にいくことは出来ませんでした。オープニングには、現在展覧会中の堀尾貞治氏が招聘され、会場でパフォーマンスをしました。カタログにはその内容も掲載されています。

                      この展覧会は、イタリアのFondazione Musei Civici Venezianiとアントワープ在住のインテリアデザイナーであり、アンティークのディーラでAxel Vervoordt氏が企画したものです。
                      展覧会のコンセプトは、In-Finitum。未完であり、無限なもの。そういったものが世界中から集められました。特に興味深いことは、展示の内容が古代から現代まで、非常に時間的なスパンが長いことです。一番古いものは、BC1388年頃の対の石彫物。その石彫物の正面の顔が崩れて、今は細部まで知ることができません。しかし、BC600年代の造詣物も展示されました。その他、中世のキリスト今日美術、近代美術、そして現代美術と時代を上ってきます。

                       この展覧会の作品の20%は、Axel Vervoordt氏の個人のコレクションであるというのは驚くべきことです。特に彼は日本の具体美術を好んでおり、白髪一雄、吉原治良、堀尾貞治などの作品をコレクションしています。

                       展覧会の様子は、観覧車は時間の迷宮(ラビリンス)さまようような感じで展示室を巡回します。様々な時代からの作品が陳列され、頭の中を混乱させそうな感じがしました。しかし、キュレータの力とAxel Vervoordt氏の美意識により、まとまりをもった印象を与えます。
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