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大阪/日本橋にあるギャラリー
近鉄/地下鉄(堺筋線・千日前線)日本橋駅下車 1分 

 
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日本美術の歴史
日本美術の歴史 (JUGEMレビュー »)
辻 惟雄
日本美術の足跡を知りたい方にはいい本です。現代美術を知るには、先ず足元を固めてください。
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大阪日本橋にある町家風ギャラリースタッフによる日記です。
堀尾貞治展
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    JUGEMテーマ:アート・デザイン
     
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    スペース草
    2011/2/14〜2/26 
    堀尾貞治×小池昭子
    あたりまえのこと(パンによる)
    ----------------------------------------

    堀尾貞治さんの展覧会をレビューです。

    今回は、豊中のギャラリー草に行ってきました。
    パンで作品を作る小池昭子さんとの二人展。
    立体作品はパンで作ったもの。小池さんがオーブンで焼いたものです。

    パンといっても、会期中腐ることを避けるため、卵やバターなどの使用を避けて作られています。

    壁には過剰!と思われるほとの大きなパンを描いた平面作品。

    紙に身体のエネルギーをぶつけるように描かれいる。紙に体当たりして作品を作っておられるのでしょう。やわらかい紙が強く張っています。

    紙は、お米などを入れていたしっかりした袋。
    最近は、ドイツ/フランクフルトでもパフォーマンスされたという超多忙な日程での作品展。



    正面の作品は、展覧会の初日にパフォーマンスで出来上がった作品。
    パンの作品に墨を染み込ませて、床の上に置かれた紙の上を転がして出来上がりました。決して、抽象画など描こうとしていない、無心の状態で出来上がったもの。しかしながら、あっちへいったりこっちは入ったりする墨の軌跡は、ゆらりゆらりと奔放な様を表しています。筆や刷毛など使っていないので、上から下へのような動きがなく、力の起こり方が水のようです。
    | 展覧会レビュー | 13:58 | comments(0) | trackbacks(0) | | ログピに投稿する |
    原田 要展
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      JUGEMテーマ:アート・デザイン
       
      ギャラリー勇斎
      奈良市西寺林町22 0742-31-19674
      期間2011/2/15-2-27

       
        ギャラリー勇斎は近鉄奈良駅より徒歩8分。ならまちのいい感じの通りに面して立っています。
       
       原田要さんの作品を見たのは久振りでした。和歌山県立近代美術館で見たのが最後だったように記憶しています。 美術館では、大きな空間にぽつりぽつりと作品があり、遠目で作品を見たような記憶があります。ギャラリーで見ると、作品が肌の近くにあり、作品も「見て見て」と、こちらにせっついてくるような印象です。
       原田さんの作品は木彫の立体。やわらかな空気を纏っています。

       きのこ型をした木彫の立体。金属などに比べて、木は柔らかです。作品は、木を掘り削り、立体の表面には絵の具で彩色が加えられています。その色が優しく包みこむような感じです。のみの後の部分に色が入りこんでいるので、絵画的なマチエール(凹凸)のように表面が出来上がっています。足の部分は”白”色が塗られています。木の地肌が見えている部分がありました。「自然」をそのままに残すことを意識されているように伺えます。

       

       大きな口から長〜い舌が出ている作品。
      舌の部分が緑に塗られ、植物が虫を食べるたねに舌を出しているよう。
       飛び出した舌の部分に、凹凸がありそれがまるで生き物のように感じさせます。その舌が物を掬い取るかの表情で、まさに今口からべろっと下が出てきた感じです。口の部分は、オレンジの色で、人間の体の中の襞のような印象です。
      キノコ型の作品
       きのこの傘の部分を広げたような作品。彩色が施され、木彫の立体が絵画的でした。

       その他、平面の作品も数点ありました。木板をのみで彫り、そこに色を塗る、そのような作業工程のなかで作品が出来上がっています。平面に直接作品を「描く」というのでは、絵画とは異なっています。絵画が持っている、筆のスクロールや勢いといったものではなく、木板にできる「彫り」の凹凸が彩色によって絵画の表面になっています。

       ギャラリー勇斎はま新しい広々した空間。こういった空間でみると、作品が引き立って生き生きしている感じがしました。

       「美術館で作品を見る」ことと、「ギャラリーで作品を見ること」は、大きく違います。
       ギャラリーでは、作家が挑戦的に作品をつくり、挑戦的な気持ちで作品を展示するのが常。それに比べて、美術館では、作家の作品の「総覧」の形のようになっています。総覧としてまとめられた作品の生気が失われ、貝の抜け殻のように感じるときがあります。
       
      | 展覧会レビュー | 13:41 | comments(0) | trackbacks(0) | | ログピに投稿する |
      京都芸術大学卒展 その3  -−−−−−−  校内展
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         京都芸大の卒展 その3です。

        毎年、卒展の時期は非常に寒く、雪が降ったり雨模様だったりと、阪急桂駅から実際の距離より遠く感じます。

        それでも頑張って行って来ました。

        校内展は、京都市立美術館と作品の設置の仕方が違い、ひとつの教室、工房が1人の学生に展示スペースとして与えられています。学生は、大きな作品を3点から4点を展示することが出来ます。ギャラリーなどのすぺースで展示するような、エキシビション形式となっています。

        こちらのほうは、油画、映像などの作品が例年展示されています。



         今年の油画の傾向は、平面の中に、関係性のないオブジェがはめ込まれている作品が多かったように思います。
         物や有様を画面の中で抽象しているとも思われません。しかし、具体的に何かを描いている訳ではありません。画面のひとつひとつのパーツは、「○○である。」と言い当てることが出来きます。しかし、その横にあるものは、全く関連性のないものが、おかれています。
         シューレアリズムの作品のように、心の不安定を表現しているようにも見受けられません。
         全体的に、色遣いは鮮やかで豊かな印象です。

         複数のパーツを画面のなかに押しこんでいることは良く分かりますが、何を表現しているのか描き手の表現の目的のようなものは分かりませんでした。

         

         この作品も、中央に兎が一羽。その奥には、倉庫のような建物、木の箱の上に三角すい氷。うさぎの横には、裸の人間の姿があります。
         つながりのない人の記憶を集めたようです。兎の目は焦点があわず、体も半分が消えかけています。

         
         この作品も一見具象画の様に見えます。しかし、シンボリックな女性以外は、はっきりしないことが画面にいくつもあります。女性いる場所はどこなのか、何が起こっているのか、彼女は困っているの、驚いているのか。未来なのか、過去なのか。
         女性がここにいる理由を紐解くことが、この絵画をみる一つの目的なのか、そうでないのか。
         
         不思議な絵画といえば、そうなのですが、そうではなく、何か行き先が見えない作品のようにかんじました。
         今年の卒展の油画の特徴のように感じます。

         おもしろいな、という感想もできます。ただ、それほど人の興味を引くためだけに描いているとはおもえませんでした。

         方向性の見えない政治、希望のない就職活動、経済の不安定等々、機敏な若者を気持ちを落ち着けないものにしているのかもしれません。 
         
        | その他のアート情報 | 19:05 | comments(0) | trackbacks(0) | | ログピに投稿する |
        評論の会  
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          JUGEMテーマ:アート・デザイン
           
          2011/1/29(土)に評論の会を開催いたしました。評論文の全文についてはこちらをご覧下さい。



          展覧会の様子。

          仲瀬輝明の作品ついて、まず絵画を見て、どうやって絵を描いていくかを考えました。

          1、まず、はじめに評論を発表してくださったのは、4回生の中澤菜見子さん。

          評論文に対してお客様から質問がありました。

          中澤さんが評論の中心にしてくれた作品。

          <中澤さん>第一印象は、金雲が額縁のように見えました。中の世界が現実と切り離されている感じがしました。ただ、別の世界に見えても、なつかしさなど、自分の中に心当たりがある絵だと思いました。
          <お客様>日本画の研究をしているということだが、専門用語はわざと使わなかったのですか?

          <中澤さん>:

          実は原稿を書き直した。仏教的な要素を特に取り上げていたが、わかりにくいし、(作品の中で)重要な要素ではないと思ったのでやめました。
          <お客様>仏教用語を使ってもらったほうが分かりやすかったです。


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           4回生の中澤さんは、専門用語をどのように使えばいいか、考えたようですね。ギャラリーに来るお客様や、評論を読む人は、美術についての基本的な知識がありますから、美術用語を使って書いて欲しかったようです。
           
           評論文を読みますと、中澤さんなりに作品の面白さを探してくれています。
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          2、2番目の評論者はM1の中岡穣さん。

          <お客様>金雲で囲まれた絵は天から見下ろしているアングルですね。画面の中には、大きいものと小さいもの、色々いますよね。

          <中岡>大きいものは主体的な生き物で、小さいものは遊ばれるものような感じがしましが。他者によって生かされている受動的な生き物のように思いました。

          <お客様>評論文にキャラクターを細かく取り上げられていましたね。キャラクターという言葉をどういう意味で使っていますか?

          <中岡>絵の中のキャラクターの振る舞い、動きに目がいきました。私の場合、キャラクターとは、自分の意志で動くもの、人格性が感じられるものということです。


          <司会者>一度アーティストの方にご意見を聞いてみましょう。

          <作家、権藤実>大学ではこんなに無駄なことをしていたのかと、自分の学生時代を思い出しながら聞いていました。(爆笑)(爆笑)。批評する目的、意義をもう少し考えて欲しいですね。批評して作品を売りたいのか、こてんぱんにこき下ろしたいのか、根本のところがはっきりしないですね。僕は、アーティストですから作品のすごさを伝えたい、という強い気持ちを持って書いてもらいたいです。

          作家の気持ちを代弁すると、タイトルは適当だとおもいますよ。内容も以外に考えてない場合が多いですね。仲瀬君もこれを描いたら面白いだろう、とそれだけ思って描いているのではないでしょうか。

          <作家、西村のんき>僕は、インスタレーションの作品をつくっていますが、タイトルがないとつくれないです。やはり、テーマがないとつくれない、んですよね。

          <作家、勝山信隆>僕の場合は、タイトルは宣伝。これをつけたらこう見える、とか、これをつけたら面白い、とか。作品とのずれも意図しています。(仲瀬の作品について)キャラクターは自画像的な要素が多いように思います。雲の意味も、金雲や(油絵部分の遠景の)空に浮かんだ雲ではいろいろ違ってくる。わざとやっている部分も多いですね。面白くしよう、人をひきつけようと、意図的にしてやっているところがあるのではないですか。



          <お客様>くりぬかれているという表現が評論文にありましたね。作品の不完全なものなのではなくて、もともとそのようなものに見えますね。この点どうですか?

          <中岡>ロボットはまだしも、くるまやロケットに目と口がついていることに違和感を感じました。キャラクターによっては、違う頭にすりかえられているものがります。合成されているたり、合体していたり。身体の一部の欠落を絵の中に感じました。


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           詳しく作品を見てくれている様子はよく伝わりました。ただ、作品の解説にとどまらず、もう一歩はっきりした作品に対する意見や、その作品が表現している社会との係わり、繋がり、現代との関連性のようなものが評論文からから出てきたら読んでいておもしろいですね。(記:中島由記子)
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          | 現代美術の見方・考え方 | 18:06 | comments(0) | trackbacks(0) | | ログピに投稿する |
          京都芸術大学卒業制作展 2011 その2
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            JUGEMテーマ:アート・デザイン
             京都芸術大学卒業制作展 2011 のご案内です。

            Gallery AMI&KANOKOからのメッセージです。ここに挙げました学生さんとお話できましたらと思います。ご連絡が頂けたら嬉しいです。
            yukiko@ami-kanoko.com

            2011/2/16-2/20 
            場所 京都市立美術館(岡崎公園)
                京都市立芸術大学構内

             きのうの続きです。

             

            葛西 遊季 日本画 4回生 「向かう」 

             輪郭線をわざとぼやかして描いている作品。記憶の内側を見ている印象です。中央にサーカスのテント。その左に女性が3人、右に1人。表情ははっきりせず、ぼやっとしています。肌そのままの状態で、衣服は着ていないようです。
             平面の作り方が非常に面白いです。まるで、油絵の具を重ねていくかのように使い、光が透けている布の印象をだしています。女性達の肌の描きようも面白く、白っぽく塗られています。
             従来の日本画では扱わないモチーフで作品を作っています。彼女にとっては、洋画、日本画の区別はなく、日本画という材料が好きなのでしょう。違和感なく、見ることができました。

             
             道園 佳央理 日本画 院2  無花果
             
             京狩野を現代的に描こうとしているかのような作品。画面右に太い幹があり、そこから豊かな黄色と白の花が画面から飛び出すように咲いています。その咲いている情景の一部が切り取られたように描かれていて、その花はまだまだ向こうにこちらに咲き乱れている印象です。
             樹木が持っている力強さが画面からほとばしっています。

             この作品は、人間の存在がなく、自然を大胆に描いているところなど、日本画の伝統が垣間見られます。

             日本画というジャンルは、日本固有のもの。唯一の規定は、日本画の顔料を使うこと。
             日本画の伝統と西洋絵画と違いの中で、学生の方々が模索している姿を想像します。しかし、その中で、何か確実なる表現を見出しているように見られました。

            さて、日本画からから離れて一点。異質の作品をご紹介いたします。

            ウェルカム トゥ パーフェクト プレミアム 陶磁器 院2回 長尾 菜摘

             陶磁器専攻の長尾さんの作品。雛人形飾りに似たてた、箱の中の飾り。市販の色紙とロール紙を中心に、チラシや広告紙がコラージュされ、子供っぽい、安っぽい空間が作られています。まるで年末の商店街の宝くじ売り場のような感じ。小学生の図画工作のようにも見えます。
             子供っぽさも、安っぽさも彼女の計画通り。趣味の悪さも彼女のやり方。
             それをつくって、一体何をいいたかったのか、そこまで分かりませんでした。(残念。)
             しかし、爆発している作品の裏で、見るほうを捕まえている印象がありました。

             (記:中島由記子)
            | その他のアート情報 | 09:00 | comments(0) | trackbacks(0) | | ログピに投稿する |
            京都芸術大学卒業制作展 2011
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               京都芸術大学卒業制作展 2011 のご案内です。

              Gallery AMI&KANOKOからのメッセージです。ここに挙げました学生さんとお話できましたらと思います。ご連絡が頂けたら嬉しいです。
              yukiko@ami-kanoko.com



              2011/2/16-2/20 
              場所 京都市立美術館(岡崎公園)
                  京都市立芸術大学構内

               ことしも卒展の季節になってきました。
               大阪は雪。寒いことを覚悟に行ってきました。

               京都市立美術館の日本画の作品をご紹介いたします。京都市立美術館(岡崎公園)本館2階の展示室です。

               日本画とは、日本画の画材をつかう絵画のことで、絵画のカテゴリの一部です。
               明治維新のとき、西洋絵画がどどどっっと入ってきたとき、日本画の存在が分からなくなりました。今も日本人は、日本画と洋画とは、描き方も描く主題も日本画と西洋画では異なると思っている人が多いです。

               今年は、日本画のコースの方が大変がんばっておられました。国立博物館の写しなど非常にすばらしいく仕上がっていました。傷みまでがうつされており、感心いたしました。

              タイトル 「鰐」
              是永真貴 院2回生

              写真では分からないのですが、鰐の背中の部分は鰐らしい皮膚が画材を重ねることにより浮き上がるように作られていて、油絵のマチエールのように出来上がっていました。

               なによりもこの鰐の存在感。こちらを見る目は不気味です。背景が白いため、白黒で描かれた白の部分が背景と混ざり合って、まるで霧の中から鰐がにゅっと、出てくるように感じます。

               とてもいい絵です。みなさん是非見に行ってください。


               岡部 良平 院2回
               
               私の写真が上手でないことを謝らないといけません。本当はもっと美しく鮮やかです。
               (岡部君、このブログを見られましたら、写真を送ってください。差し替えます。ご連絡ください。)

               裏の金地から飛び出すように前面の花が描かれています。オレンジの花は、多分ノウセンカヅラでしょう。赤は、椿だと思います。椿やノウセンカヅラがこのように生えるわけではありません。また、葉の緑も青にちかく、現実から遠いように思います。
               しかし、桃山時代にあった、リアリティのある障壁画ではなく、イラスト的な絵画に仕上がっています。それが、むしろ当世代的で現実感がります。
               桃色の花は何でしょうか。
               画面全体で、花弁と葉がダンスをしている印象です。
               

               「只、この道が宜しく。」 服部しほり 4回生              
               山道でしょうか。木株や木の根があちこちに見られます。
               不思議な形(なり)をした二人。褌以外は、何もつけていません。頭に二つのつの? 鬼のようです。
               一人は首から大根と白菜を下げ手に人参を持ってもう一人は手にかぶら持っています。

               日本の御伽噺や民話のような世界を描いています。
               
               日本画の顔料の色合いが、昔の日本を思いださせます。懐かしさや郷愁を呼びます。

               この鬼がどんな鬼なのか、鬼達は、どこから何処へ行くのか、描いた学生の方に聞いてみたいことがたくさんあります。


              | その他のアート情報 | 20:40 | comments(0) | trackbacks(0) | | ログピに投稿する |
              Christa Wolfの住まい
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                JUGEMテーマ:アート・デザイン
                 
                今回は、2010年1月に訪れたクリスタ・ウォルフ(Christa Wolf)の住まいについて書きます。
                アメリカに住んでいる作家がどういうふうに暮らしているか、興味があるところです。

                訪問したのは、1月10日。日本ではお正月飾りもそろそろ終わろうという時期。カトリックのおうちでは、まだクリスマス・ツリーが飾られていました。


                 暖炉に足を近づけて休んでいるのは、私です。 リビングの奥、ピアノの上には彼女の作品が掛けられています。私がはいているのは、彼女が編んだというお手製の靴下。寒いだろうと貸してくれました。

                 さて、彼女の家がどんなところに建っているかといいますと、このような場所。

                最も雪の少ないところを見つけて車を止め、雪の中を埋もれながら歩くこと5分。彼女の家の玄関に到着しました。
                 気候のいいときは、綺麗な緑、空気も美味しいのでしょうが、このような雪の中を歩くのは初めての私には、自然を味わっている暇がありませんでした。

                 

                 リビングの窓から撮った写真。自然の中の一軒家ですね。小高い丘の上におうちがあることがわかってもらえると思います。

                 Christa Wolf宅のリビングの様子。ドイツ人らしい簡素で美しく住まっている様子が伝わってきます。    


                 
                 リビングの中央の暖炉が羨ましい。火が燃える、火の音がぱちぱちする、そんな情景を私達は味わったことがありません。

                 彼女が住んでいる町は、アメリカで見られる普通の住まい、住宅です。アメリカと聞けば、NYやサンフランシスコを想像しますが、大半のアメリカ人はこういった自然の中での暮らしを楽しんでいます。
                 とはいは、彼女の住所は、NY州。れっきとしたNYの人なのです。しかし、彼女の住まいのある町までNYC(NYcity マンハッタン島のNYのこと)から車で5時間。
                 
                 「作品に触れる。」ということは、私達と全くことなった場所や時間の中に暮らし、私達とはことなる考えを持っている人と繋がっていくことです。「作品を買う。」というのは、最もこの繋がりが強くなります。
                  
                 
                ワイナリーでの展覧会。
                | 作家の近況報告 | 20:04 | comments(0) | trackbacks(0) | | ログピに投稿する |